中京競馬場でただ一度だけ(ローレルベローチェの引退)
これを書いているのは16時45分。
昨日までのどんよりした空模様から一転、夏の到来を思わせるような陽射しが降り注いでいる。にわか雨も降ったが、この更新分を書き終える頃には美しいタ焼けが目の前の神田川を染めているだろう。
もう夜も近い。うまい酒を飲んで穏やかな夜を過ごしたい。
昨日、神宮球場での野球観戦後、何気なくTwitterを眺めていると
“ローレルベローチェ、左前肢のエコー検査を本日受診し、浅屈腱の損傷より競走能力喪失と診断されました”
という報せが目に飛び込んできた。
私にとって競馬における最も重要な要素は馬券であって、決して馬を猫かわいがりして楽しむタイプの競馬ファンではない。
とはいっても、毎週のようにレースを見ていれば、半ば当然のように、人馬のドラマに魅せられたり、走りっぷりに魅せられたり……思い入れが生まれる馬は出てきてしまうもので、その中での代表的な一頭がローレルベローチェだった。最も思いを馳せる一頭がローレルベローチェだった。
それだけに、競走能力喪失という6文字を目にした瞬間、その情報が間違っているのではないかという思いから、すぐにGoogle、Twitterで検索をはじめた。
間違いでないことはすぐにわかった。
多くの一口出資オーナーの方のつぶやきが確認できたのだ。
「いいね!じゃねえよ…」と思いながらも、そのツイートひとつひとつに“いいね”をつけていった。
たしかに1年くらい前から、思ったような走りが見られておらず、加齢によって闘争心が薄くなってきたのか…とは感じていた。
それでも、函館での2走は滞在競馬が合わなかっただけで、淀短距離Sでは斤量が苦条件になっただけだと、敗戦の理由を贔屓目に見つけ出しては、次走に向けて期待を抱き続けていた。
そして迎えた前走の鞍馬ステークス。これが引退レースになってしまったわけだが、結果的にまたしても彼らしい走りを見ることはできなかった。
その数日後、目にしたのが競走能力喪失の6文字となったわけだ。
ファンであることを公言していながらも、栗東所属の馬だっただけに、東京在住の私がローレルベローチェを実際に目の当たりにすることは少なかった。
生で見たのは中京競馬場でのただ一度だけ。
高馬でも、良血でも、有能な調教師に恵まれたわけでもないローレルベローチェが高松宮記念に出走する。そんな事実に色めきだって、我が子の勇姿を見届けようとする親かのように、中京競馬場に赴いた。その時だけだった。
レースは大敗してしまったものの、スピード自慢が集う中で外枠からハナを取りきった瞬間には大声をあげた。
「中井!それしかない!」
格好の目標にされることは馬柱を一目見た瞬間からわかっていた。
それでも、これまで人馬ともに培ってきた経験を発揮するかのごとく、敢然とハナを奪いきったのだ。
馬券は外れたものの、レース後はこれまでの経験を貴重な舞台で無駄にしなかった人馬を褒め称えたい気持ちでいっぱいだった。人馬ともにさらなる飛躍が期待できるはずだ。そんなことを思った記憶しか残っていない。
おかげで、その年の勝ち馬が何だったかすら覚えてないくらいだ。ビッグアーサー…でしたっけ……?
それはともかく、私がローレルベローチェをとうとうと語ったりなんかしたところで、関係者の方々の悲しみに比べたらごくしょうもないもので……と妙なパラノイアに陥りかけたが、でも、なんというか、なるべく生々しいままに記憶に留めたいという思いもあるし、書き続けよう。もうここまで書いたことだし。
別に死んでしまったわけではない。だからそこまで悲哀に包まれる必要もない。そんなことは重々承知。
ただ、あの韋駄天走りがもう見られないのかと思うと、ごく平凡な言葉になってしまうが、ただ悲しい。
「もう我が強すぎて、もし人だったら会いたくないですね(苦笑)。でも、また会いたくなるような不思議なヤツなんです。もう自分を持ちすぎていて、ぶっとんでいるというか。逆にそれがカッコいいとすら思えるような馬なんです。…(中略)…先生が「もう好きにしなさい」と言うと、本当に好き勝手に行動してしまうタイプです。」
攻め馬からその背中にまたがり続けた中井騎手がそう語ったインタビューは、喋っている際の笑顔まで浮かんでくるほど愛に溢れていた。
同じインタビューで“人生で影響を与えられた人やもの”という質問に対して、ローレルベローチェの名前を挙げ、“なんでもOK! 今一番叫びたいこと”という質問には「何よりもベローチェと一緒に重賞を勝ちたいです!!!」と力強く答えた。
そんな中井の思いとは裏腹に結局重賞を勝ち取ることができなかったローレルベローチェの馬生。
デビュー前を早朝とするならば、デビューして芝に転向するのが午前中、連勝を重ねてシルクロードSに出走する頃が正午くらいだろうか。そこから競走成績に陰りが見えてきた頃を陽が落ちていくタイミングに置き換えると、屈腱炎を発症したのは、ちょうど今、この文書を書いている時間と同じ、夕方くらいになる。
ローレルベローチェには、これからの馬生がある……とは言い切れないが、あってほしい。
誘導馬でも、牧場でも、馬術でも、なんでもいい。
どうかローレルベローチェの元にも穏やかな夜が訪れますように。
ただ一度ではなく、もう一度、ローレルベローチェの姿をこの目で見たいんですよ。頼む。
2017/5/13追記
ローレルベローチェが滋賀県の馬事公苑に譲渡されるとのことです。
やったー!!!!!