理由はわからないけどいい(東京新聞杯)
何万人もの人が同じことを言ってるんでしょうし、「何を今さら!」なんですけど、ほんとルンバ買ってよかった。家出とる間にあらかた掃除終わっとる。この快適さよ。
— なかた (@naxkaxta) 2020年1月19日
こんなことを書いたものの、いま最も感謝・感激・感動・感涙している家電はタイトルの通り「ドライヤー」である。
すでに日常的に使っているような方からすると、「いやいや今さら何を言うとりますの」という具合だろうし、日常的にほとんど使っていない方からすると、「いやいや髪なんて放っておけば乾くじゃねえか」という具合だろう。
後者の方。よくわかる。私も同類だった。齢30を直前に控えるつい最近まで、ドライヤーを使ったことがなかった。
しかし、違うのだ。声を大にして言いたい。
ドライヤーを使って布団に入った翌朝と、そうしなかった日の翌朝とでは。誰もがわかるほど明らかに。てめえのナリを気にすることもなく、鏡を見ることもほとんどない。そんな清潔感の欠片もない私にだってわかるのだ。
まずは、そう。寝ぐせがつかねえ。文系一直線の私には、なぜそうなっているのか全く説明できない、理解すらできないものの、とにかく寝グセがつかねえ。それでもって心なしか髪のコシ(はじめて使った言葉)もしっかりしている。多分アレだ。“次世代ナノイー”ってやつ(本体に貼り付けられたシールに書いてあった)が、なんか効いてるんだ。多分そうだ。わからないけど、うん、きっとそうだ。兎角、いつもの状態とはまっっっっっっっっったく違うのだ。本当に。声を大にして言いたいわけだ。ドライヤーすげえ。本当にすげえ。
そんな風に、“理由はわからないけどいい”ってものは、この世にごまんとある。馬だってその例に漏れない。特別な根拠があるわけでもないのに魅かれる馬はたしかに存在するし、それで馬券を取ったことも少なくない。データを読み漁って、尤もらしい理由を並べ立てて的中させた馬券のほうが少ないかもしれないくらいだ。理由よりも結果。立派な予想よりも一回の的中。馬券という勝負においては、勝ち負けがすべてだ。理由はわからなくても、いいものはいいと素直に認める。ともすれば、知性の放棄でもあるようだが、それが勝負というものだ。
今回の勝負、東京新聞杯で◎の印を落とす馬はレイエンダに決めた。
これまでの凡走のほとんどがペースによるもので、厳しい流れをつくるとは到底思えない今回の面子は大歓迎。あのレイデオロの全弟ということで、人気を背負いがちだったが、前走の情けない姿で手頃な人気になった今回。エプソムCで見せたラスト3ハロン32.7秒の豪脚を……っておいおい、尤もらしい理由を並び立てかけてしまった。だが、まあそれもいいのだ。
この短い文章の中で、理由を求めたり、求めなかったり。矛盾しているようだけれど、そして実際に矛盾しているのだけれど、矛盾なしに生きていくというのはなかなか難儀なものなのだ。そんな矛盾が許されるのが競馬の魅力の一つであるともいえるのだ。兎角、今年の東京新聞杯はレイエンダから三連単を買う。尻切れトンボで恐縮ですが、今回の更新はそんなところで。