『オートマン』を読んだ

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満身創痍で横綱の座を守り抜き、多くのファンの感動を呼んだ(らしい)現役唯一の日本出身横綱稀勢の里が引退を発表。一晩明けてもなお、巷は相撲の話題で溢れかえっている。しかし、その中心にあるのは、稀勢の里個人のこれまでの健闘を讃えるものではなく、「日本人横綱」の情けない姿に対する忸怩たる思いからきている意見がほとんど。それについて、どうこう思うことはないが、物心ついた頃から、相撲の話題はいつだって「日本人横綱」の話題と切り離して語られてきたように思う。それだけ、相撲という競技には日本人横綱という存在が重要なのだろう。相撲のことをこれっぽっちも知らない自分はそう実感している。


柞刈湯葉が原作を担当した 『オートマン』は、相撲界における日本人横綱問題…… ではないが、似たような問題である、SFにおけるロボット問題から興味を持ち、手に取った漫画だった。

1920年カレル・チャペックが創作世界にロボット(という言葉)を産み落として、およそ100年もの間にマリア、アトム、HAL、R2-D2ガンダム、エーファら、さまざまなロボットが描かれ、SFの歴史を彩ってきた。相撲を語るうえで日本人横綱の存在を切り離せないのと同様に、SFを語るうえでロボットを切り離すことはできない。

そういって差し支えないほど、多種多様なロボットがこれまで描かれてきた。それはある意味ベタなのだ。パターン化されがちなのだ。新しいロボットものの地平に期待しつつも、有象無象に出会うことの方が多いのだ。というわけで、(氏の作品だからきっと面白いだろうなという思いもなくはなかったが)「ああまたロボットものね、はいはいー。」などと、ちょっと偏見を持った状態でページをめくっていったのだが、ごめんなさい、これ、傑作に化ける気がします。


邪悪な自動者など存在しない。邪悪な人間がいるだけだ。

2018年、名古屋を拠点に産業機械「自動“者”」を製造する「ミカワ自動者工業」をめぐるあれこれが物語の中心を担う。世界的なシェアは「チャペック・ロボティクス」の後塵に拝すものの、世界第2位のシェアを誇るミカワ自動者工業製の自動者は堅牢で、諸外国を含むあらゆる人々の生活を下支えしていた。一方で、自動者を疎ましく思い、破壊・乗っ取りを企む過激派の反自動者主義団体も存在し、フランスでは自動者メーカーの幹部が暗殺されるという事件まで発生する事態。ミカワ自動者工業の安全調査班に勤める社会性欠乏症の青年杁川は、自動者の研究に余念がない優秀なエンジニアだが、夜な夜な1人で怪しげな実験を繰り返しているようで、どうやら彼の両親は……

1巻では新入社員の蓜島というかわいらしい女の子が杁川の下につき、自動者に関する知識を習得していく流れで物語が展開する。そこで蓜島(つまるところ我々読者)に説明する自動者にまつわる話がなんとも魅力的なのだ。ロボットもののSFとして魅力的なのだ。

チャペック・ロボティクスというライバル会社名からして、もうサービス精神たっぷり。そして、そんな名前でありながら、つまり、人造人間をロボットと称したチャペックの名前がライバル会社名でありながらも、本作のロボット(自動者のことです)は「人間の形をしたものが人間のように働いているとどうしたって人は感情移入してしまう」という理由で非・人間的な造型をしている(その造型はキングジョーの頭がないバージョンという形容がわかりやすい)。

さらに、自動者は1960年代のアメリカで黒色の塗装が禁止された。その後、これもダメだろという流れで黄色も白も禁止されている。そういうことだ。

生命の尊厳を損ねるっていう倫理観 仕事を奪われた単純労働者 人間に氾濫する懸念とか 偶像を造ってうごかしてはいけないという宗教 非生命機械メーカーの妨害工作

という反自動者主義団体の言い分・やり方もいかにもありそうで、筋が通っている。

実際にいまこの世界に自動者が存在していれば、こうした歴史があっただろうなというリアリティある偽史が細かくたっぷりと描かれる。たまらん。『横浜駅SF』でも感じたことだが、柞刈湯葉は物語世界の設計が抜群にうまい。物語世界を横軸として捉えきるだけでなく、物語世界の歴史という縦軸にまで丁寧で、物語の解像度が高い。作画を担当する中村ミリュウのコマ割り・構図づくりもセンスフルでこれはノれる。

連載ものの漫画を買い続けようと思うことが1年に1度あればいい方な私ですが、『オートマン』はちょっと、追いかけようと思います。物語はまだまだ序盤。謎が謎のまま進行しているだけの現時点で傑作の匂いがする。これからの展開に期待大です。


連載は2018年から始まり、講談社の運営するコミックDAYSというサイトで現在も週に一度の更新で連載が続いている。冒頭・最新話が読めるようなので、気になった方はこちらのリンクから是非。

オートマン - 柞刈湯葉/中村ミリュウ / 第1話 ミカワ自動者工業 | コミックDAYS


ちなみにネット上ではカラーページで描かれるページがあるものの単行本はオール1色。欲を言えば前後1折ずつでも4色のページを設けてほしかったところです。いや、予算とか、予算とか、予算とか…… わかるんですけどね! でもカバーは(多分)紀州ラップ使っててコミックにしては贅沢してますし、いや、予算とか、予算とか、予算とか…… わかるんですけどね!