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勘違い(マイラーズC予想)

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文章は1日書かないだけで勘を取り戻すために少なくとも1日はかかる。どこかの作家がなにかのインタビューで答えていた。

「そんな!トップアスリートじゃないんだから」と笑う方もあるかもしれないが、いやはや実際のところ本当にそうで。文筆が生業ではないにせよ、その周縁で飯を食い、仕事全体の1割程度の割合で拙い書き物を引き受ける自分のようなレベルでも、書かない日数による筆力の低下を感じるのだから、更に高いレベルで文章に携わっている人からしたら、なんとも大きな問題だろう。
だからこそ、というわけではないが、仕事とは関係ない場所でも書く“場”を設けることで、能力の低化に抗っていければいいな、と。競馬は毎週やっているわけだし、競馬予想に絡めた放談みたいなものを書いていけばいいか。このブログを始めたきっかけは実のところそういうところでして。
そうした前提のうえで思うところがあるわけです。今回はいつもと違う感じで書いていこう、と。最近の更新はどこかフォーマット化してきてて、本来の目的からズレてきてた。うん。
とまあ、そんな調子で続けて書いていくわけですよ。


えっと、全体の流れはこうしよう。
テーマは記事タイトルのとおり勘違い。なんか身の回りにあった勘違いに関するエピソードをぱらっと書いたうえで、最近のニュースと結びつけて放談っぽくしよう。そのテーマを競馬予想に繋げれば一丁あがり……だなんて、ここまで書いてようやく、またいつものフォーマットに落とし込もうとしてしまっていることにいづういや、まあ良い。ここまでの文章がある時点で平素の更新ほどフォーマットフォーマットしてないだろう、多分。
とまあ、そんな調子で続けて書いていくわけですよ。


“「恋は勘違いを楽しむもの。愛は勘違いを嫌うもの。」
そう言ったのはラッパーのキースエイプだったか、哲学者のエマニュエルカントだったか。”まあ、そんなことはどうでもいいんだけど。何よりそんな言葉は歴史上どこにもない、いま適当に考えついた言葉なわけで。
でも、ネタばらしをせずに“”内の言葉だけを記していれば、そういう言葉があるのだと信じ込む人も読者の中に1人くらいはいたかもしれない。
最近流行りのポストトゥルースってわけじゃないですけど、人間なんてほんとふとしたきっかけで色んなことを勘違いしてしまうもんですよね。


勘違いといえばそうだそうだ、こんなことが昔あった。
「最近調子どうよ?」
「まあぼちぼち」
半年ぶりに出会った旧友Sとの飲みの席での一幕。
「ぼちぼち」
と答える割に、やけに気のない返事をしたSに何かあったのか問いただすと
「いやあ○※□が手首切っちゃってさ……」
「え?なんで?!あまりに留年続けてついに嫌気が爆発しちゃったとかそんな感じ?」
会って早々母親が手首を切る一大事を知らされる。実家にお邪魔した際に会ったこともあっただけに間髪入れずに質問を繰り出す自分。
「まあね、そんなところかな……」
その間もスマホの画面はLINEの通知がキンキラキンキラ。あちゃあこれは相当キテる……
「酒飲んでる場合かね? 1回ちゃんと話し合うとかなんとかした方がいいんじゃない? 帰りづらいだろうけどさ」
段々と心配の度合いも高まってきて、謝りに行こうだとか、間をとりもとうかだとか、休む間もなく提案、返答、そんなやり取りを続けていくうちにどんどん話が噛み合わなくなっていく。
「いやあ、でも50超えて手首切るなんて、思い切ったことするよね……」
アドバイスは袋小路。気のない声でそう呟くと、笑いながら
「いや、俺の彼女そんなババアじゃねえし!」
とくるわけだ。
大して面白い話でもないので、早々に結論に進むと、自分が「母親」と「彼女」を勘違いして1人気を揉んでいたっていう、ただそれだけの話なんですけどね。
ただ、その話を聞いた時には嫌な汗が背中をたらーっとつたった。
いやはや勘違いさえしなければ、ここまで心配しなくて済んだのに……


勘違いが一瞬の心労で済めばまだいい方。最悪の場合、リスクだけを犯してなにも見返りがないことだってたくさんある。
週中のニュースでまず報じられたのは佐渡での金塊窃盗。
新潟県佐渡市の相川郷土博物館に展示されていた1つ当たり1キロの金塊のレプリカ5つが17日未明、何者かによってショーケースから盗まれ、佐渡西署が窃盗事件として捜査に乗り出した。犯人は本物と勘違いして盗んだらしく、すぐ横にあった本物の銀塊や金鉱石は手つかずで無事だった。本物の金塊なら計2400~2500万円相当だったが、レプリカには転売するほどの価値はないという。一緒に展示されていた銀塊は3つで、1つ当たり約30キロ。時価換算で計210万円ほどになる。
とのことで、間抜けな泥棒は今頃自分の勘違いに何を思うことやら。
そんなニュースから間を開けずに報じられたのは、神奈川県が保有していた棟方志功の作品が何者かによってカラーコピーのレプリカとすり替えられていたという事件。本物は神奈川県の依頼で300万円で製作されたもので、すり替えが発覚したのはなんと平成26年。県の担当者は3年もの間、事実を公表しなかったことを追及されると
「ホールのどこかに本物があると思って探していた」
と応えた。って落語じゃないんだからさ……
とはいえ、担当者は本物が偽物とすり替わっているだなんて、勘違いであってほしいと切に願ったことだろう。

 

勘違いを悔やむ人がいる一方、勘違いを望む人もいる。そんな世の中。競馬においても勘違いは切っても切り離せない悩みのタネのひとつとして、多くの人の情念の周りをうよつく。

俺もずっと勘違いしていた。何がかって、このブログ上でも散々本命視し続けてきたプロディガルサンのこと。
ダービーで未知の可能性に賭け、東京新聞杯で短縮の可能性に賭け、ようやくこの馬の本質を掴んだ。適性は1600〜1600m、短縮には素直に反応する。むしろ短縮でなければ破綻すれすれの精神をコントロールできない。
何が書きたいかというとここで買わずにどこで買うかって話ですよ。
安田記念に向かうのであれば落とせない一戦であることは言わずもがな。
俺が掴んだと思うこの馬の本質が勘違いでないことを願いつつ、単勝馬連・ワイド乱れ打つ。


以上、ブログにすでにアップしたと勘違いして、テキストファイルを削除してしまい、1から書き直す羽目になった更新でした。
いやはや皆さん勘違いには気をつけましょう。