記憶の話など(京都大賞典予想)

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悲しいことにいつの間にか新作映画への高揚感が(ある類の作品を除いては)ほとんどゼロといっても差し支えないほど、映画館から足が遠ざかってしまっていたのですが、さすがに映画本をつくる編集者として、そんな毎日では仕事してないようなもんじゃないか….と思い、雑務の合間を縫って、先日久々に行ってきました、映画館。
観たのは『動くな、死ね、甦れ』という映画で、いまや二児の母となった昔の交際相手と一緒に見て、いたく感銘を受けたという思い出がある作品。そりゃあ楽しみにしていたわけですよ。それが、こう、なんというか、思っていたのと違ったんですよね。
ところどころ見覚えのあるシーンはあるものの、その後の展開が自分の記憶と違ってたりして。
「あーそうそうこんなシーンあった、で、これから、こうなっていくんだよな、たしか」
と思っていたら、全く見覚えのない場面へ展開されていったりしてさ。
「あれこんな映画だったっけな?」
の思いが止まらずに、映画観ながら10回くらい首ひねりましたもん。後ろの人ごめん。
観終わったあとの感想も「こんな映画だったっけな?」しかないわけですよ。そんなの映画の感想じゃないよ。


一体どういうことだったのかと気になって調べると、まあよくある話で。
複数の似たタイプの映画を自分の中で分解して、継ぎ接ぎパッチワークをつくって、それを一本の作品として記憶していたんですよね。
白黒、子供が主演、不良、自分の家族がうまくいっていない……そうした要素から『大人は判ってくれない』だとか『ペーパームーン』だとかと記憶がごちゃ混ぜになっていて。
年をとるとはこういうことなのかもしれませんが、記憶の混濁は減らしたいもんです。


と、忙しさにかまけて日記のようなエントリが続いてるわけですが、「記憶のリソースは増えていくのだから、工夫して的確にインデックスしておいて、正しい記憶を引き出せる状態を保つことが大切」というのはいい気づきでした。
なんてビジネス書の格言めいた内容を身を以て体験したわけです。
って、よく考えたら競馬でもよく思い知らされてるわ。
ローカル重賞、人気薄、馬群割って1着……そんな要素でタツゴウゲキやら、ケイティープライドやら、ウインガニオンやら……印象が混ざっちゃって、それぞれの馬の印象がぼやけちゃうこどがよくあるんですよね。
馬柱に記されている馬名を見ながら、勘違いして別の馬のことをイメージしていたりとか。
そんなぼんやりとした記憶を手がかりにして、手慰みに買うレースは概ね外れる。
競馬は記憶のスポーツってやつ、あれは正しい。
そういう意味で私のこの不鮮明かつ濁った記憶というのは残念という他ないものでして……
もっと、明快なインデックスで、各馬についての記憶をハッキリさせなければ、と思うわけです。


その点、京都大賞典で本命を打つ馬のインデックスは割とはっきりしているんですよ。
・純正ハービンジャー(意:モズカッチャン系でもなくてペルシアンナイト系でもない)の最高傑作
・母父フジキセキハービンジャーらしさ倍増
・良血高額ゆえの高素質連チャン→グレード以降は藤原叩き→馬券確率アップ
・末脚確か。32秒台も経験済み。
というわけで、新潟記念の惨敗は想定内ですよね。
調教も動いてますし、アップ臨戦もそこまで苦にはしていないタイプ。京都の下りを利用しての末脚比べなら3着あってもおかしくないだろう……秋に向けて賞金も加算したいでしょうし……地道に自己条件で勝ちを重ねた経験、さながら同馬主のトーセンジョーダンみたいに輝かしいキャリアをここから積み重ねていきましょうよ。
あれ?たしかトーセンジョーダンもそんな戦績でしたよね?
この時点で記憶がごちゃついてるなんてオチは勘弁。


余談
最近ようやく(仕事の都合で仕方なく)『君の名は』を見たんですが、あれも記憶がテーマの映画でしたね。
思ってたより普通にSFでそれなりに楽しめた。でもなんか『転校生』みたいな構造だったから、、、数年後にはこれまた記憶を混濁させていそうな気がする。

 

その「おめでとうございます!」は本心か?

例えばレースが始まる直前の時間。

Twitterで競馬ファンを複数人フォローしている人(このブログに辿り着いてる方の多くはそうだろうけど念のため)にはわかってもらえると思うが、TLには買い目がぽつぽつと並ぶ。
「ほー、○○さんはこれが軸馬なのか」
「え!そんなの真っ先に切ったけど買い要素ある?!」
各人の予想ツイートを眺めながら、今さら変えることのできない自分の馬券と照らし合わせて雑感し、レースが終わる頃にはその結果についてのツイートを片目で眺める。
その一連の流れで目に入ってくるのが的中者におくられる「おめでとうございます!」的なリプライだ。


はたして、その「おめでとうございます!」は本心なのだろうか?
人によっては、もしくは場合によっては、それが掛け値なしの本心であることもあるだろうけど、あれだけ行き交う「おめでとうございます!」の全てが本心から綴られた言葉ではないように感じるわけですよ。なんというかもやもや。


そりゃあ、競馬は、自分が負けた一戦で勝った相手を常に賞賛する、爽やかで、スポーツマンシップあふれる遊び。なはずがないですし、参加者がベットした総額の一部が控除されたうえで、的中者で分配するわけだから、「おめでとうございます!」の全てを本心で送っているという人なんて、まあ絶対的に数は少ない、超党派なずだ。
まあ多くのそれはコミニュケーションを取るための言葉であって、それ以上でも以下でもない。ソーシャルな空間である以上、本心でない「おめでとうございます!」が行き交っても、なんらおかしなことではないと理解はしているつもりですよ、ええ。
と、ここまでの文章を読んでいて
「おめでとう!なんて別に気軽に送ればいいじゃん。大したことじゃないのに!わざわざ考えるほどのことじゃないでしょ!」
「いや、むしろお前が何を書きたいのかよくわからんわい」
と思う人も少なくないと思う。
んだけど、何かにつけて理由を見つけたいめんどくさい人間なんですよすみません。あと、後者に関してはケツまで読んでもらえたらわかるから。むしろそのための文章なんですわ、すみません。


などなど考えてたけど、多分アレだな。
あの気楽に送る「おめでとうございます!」は、女の子の言う「かわい〜♡」みたいなもんなんだな、きっと。
自分が外して、人が当ててるそこそこの馬券に向けた「おめでとうございます!」には、自分が小当たりした時に同じように「おめでとうございます!」と声をかけて欲しい気持ちがあるんだ、多分(自戒含む)。そう思うとあらゆることが腑に落ちた。
自分自身やっておきながらアレだけど、そこにもやもやを感じてたんだな、うん。


とまあ、不毛に無知蒙昧なことをつらつら書き連ねてみたわけですが、ここまでの文章は全部がフリで、Twitterで交流のあるサラさん

が上のツイートの通り凱旋門賞で大勝利したから、ここまで多分1000文字くらいの文章を書いたんですよ。仕事だったら、どんなに安くても8,000円はもらう文量を、うん。


欧州を縦横無尽に渡り歩く競馬旅の道程で惚れ込んだエネイブルの単勝にドカン!
冗談がきかない額をぶちこんで、大勝利を収めたサラさんにアンセムを送りたくてここまで書いた。
本当におめでとうございます!!!!!
僕は馬券外したけど、なんか感動しちゃったんですよね。

自転車がパクられ、株?で大損し……でも、自分が惚れた馬を信じて、大金を手にした。そうそう真似することのできない勝ちっぷり、本当に格好いい!

 
サウナ後の気持ち良さと多少の酩酊こそあれと、これは素直な気持ちの、清々しい「おめでとうございます」なんですわ、うん。

 
(追記)
サラさんの競馬旅行記はこちらにまとめられているようです。是非。

男道 自転車旅行欧州記 モーニング・グローリー編 - Togetterまとめ

 

 

老い方の変化(スプリンターズS予想)

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夏競馬が終わり、スプリンターズステークスが開催される頃には、蝉の鳴き声がコオロギに変わり、寝室のクーラーは役目を終え、昼間に外で飲むビールがちょっとだけ美味しくなくなって、夜路を歩いていると熱燗が欲しくなってくる。
なんとも秋。といった具合ですね。
季節の変わり目ということもあって、身体だったり心だったりを崩す人が増えてくる頃ですが、このブログを読んでくださっている奇特な思考の皆さんはいかがお過ごしでしょうか。


夏競馬を終えて、印象に残ったのは3歳牡馬が古馬相手にほとんど通用しなかったことが大きい。具体的な数字を持ち合わせていないものの、例年に比べてかなり悲惨な戦績に終わってしまったように感じるし、多分その感覚は間違いない。
その一方で活躍が目立ったのは高齢馬だった。
キーンランドCでのエポワスの激走は記憶に新しいし、昨日開催されたシリウスSのメイショウスミトモだって6歳の牡馬。初老といっても差し支えない馬齢だろう。
世代レベルは競馬予想において重要な要素のひとつなので、日常生活に比べて、年齢を気にする機会が多いものの、年寄りが元気なのはなにも競走馬の世界だけではない。
現実世界の年寄りも極めて元気だ。


昼ドラ『やすらぎの郷』では石坂浩二が女子大生にデレデレのメールを送っては一喜一憂するし、バイアグラ100ml男なんてのもそういえば話題になった。国会議員もいい年して女を宿舎にあげたりなんだり、いやまあ、そんな時代なんですかね。
一昔前の"お爺ちゃん像"といえば、戦争体験世代だからなのか、我慢と団結がクオリティ・オブ・ライフの向上より優先!
そんな風だったけど、今はどうやら様変わりしてしまっているようですね、なんて、ふわっとそんなことを感じながら、書店で見かけた雑誌を手にとった時、老人の変容について、印象が確信に変わった。


雑誌のタイトルは『GG』。
ジジと読むらしいこの雑誌は表紙の見出しからすごい。
「金は遺すな、自分で使え!」
「ハゲに勝つ!」
「大切なのは飛ばす距離よりふたりの距離」
ちょい不良(ワル)温泉物語」
このレベルのパンチラインが(他の雑誌よりもQ数デカめの文字で)どかどかと並ぶ。
クラクラしながらページを手繰ってみると、レストラン紹介のコーナーでは女性の口説き方が事細かに説明されていて
「牛肉の部位を覚えておくのもかなり効果的。たとえば一緒に焼き肉を食べに行ったとき「ミスジってどこ?」と聞かれたら、「キミだったらこの辺かな」と肩の後ろあたりをツンツン。「イチボは?」と聞かれたらしめたもの。お尻をツンツンできますから(笑い)」と来たもんだ。
雑誌名の意味はといえば、"シルバー世代を突き抜けたGolden Generationのためのライフスタイル誌"だという。
ここまでくると、お見それしました。という感想以外にない。
なんというか、自分に欠けているギラギラとした欲望がすごいんですよね。
よく考えてみたらいまの60代って戦争経験世代なわけなくて、なんならバブル経験世代なんですもんね。そりゃ世の中の老人像も変わっていきますわ。


スプリンターズSで本命に据える馬も言ってしまえば初老の馬。ラインミーティアに重い印を落とすことに決めた。
例年に比べて小粒なメンバーばかりで積極的に買いたい馬がおらず、実績上位のビッグアーサーはばったばたの調教内容に加えて前脚はJ鉄使用と買える状態になさそう。
とくれば、あからさまに馬が変わったラインミーティアを信じてみたい。
前走負けてくれたのもある程度ストレスから解放されたぶんプラス。母父オースの内枠アップという臨戦も好都合。
内が伸びることは間違いないし、各人馬が殺到するだろうから詰まってしまう心配こそあれど、前走で仕掛けのタイミングをミスして前が壁になったことを悔いている西田の経験が活きるとしたら、ここだと思うし、そこまでマイナスに取る必要もないのかな、と。


日本の老人が戦争経験世代からバブル経験世代に変わったことで、思い描かれる老人像がアップデートされたように、競走馬も調教方法・ローテーションが変わったたことで、馬齢ごとの競走成績もアップデートされているような昨今。
苦労人の西田とラインミーティアが栄冠を手にするなんていう絵を描く。年寄りの力を見せつける。
たまにはそういう出来すぎた話も悪くないと思うけどな、うん。

空き巣の逮捕と呼び込み(神戸新聞杯予想)

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年初に被害に遭っていた空き巣は犯人が捕まり、検事まで送られたらしく、なんとか終結しそう。
あとは示談金が振り込まれるかどうかを残すのみで……そこが一番肝心なところですね……

関連して東京地検まで取り調べを受けに行ったのですが、そこで聞いた話から今回のエントリを更新。
というのも、逮捕に至ったきっかけが刑事の張り込みによるものだったそうで。
不謹慎かつ物が失くなった手前、こんなことを書くのはどうかしてるけど、刑事ドラマみたいでちょっとテンションがあがった。
張り込みって!
いや、どうやって張り込みをしていたのか。
気になって掘り下げて聞いてみると「呼び込みまでして張ってたらしいから結構本腰入れて捜査してくれてたみたいだよ、感謝しなきゃね」という返事が返ってきた。


はて呼び込みとは。
キャバクラで12万円ぼったくられた。
財布に金がないから払えないことを伝える。
怖いお兄さんに一緒にコンビニATMまで連れて行かされる。
そんな嫌な目にあわせてくる“呼び込み”しか知らない自分は続けて質問を投げかけてみる。
すると「どこにいるんだ。」「捕まえてやるからな。」などと、ターゲットの写真を凝視しながら声をかけることで、相手の顔を心に刻みつけて、雑踏の中でも犯人を見つけられるようにする作業のことを警察内の用語で呼び込み、ということを教えてくれた。


いまやIoTやらAIやら、東京五輪でも警備のために顔認証性能が優れたカメラを取り入れるという時代にそんな作業を行うのか、というのが正直な感想だった。
容貌から本人の特定はもちろん、病気や性格がわかるケースもあるとかいう研究結果もアメリカの研究者が出すような時代。
イギリスや中国では監視(カメラ)社会をさらに推進させていくという時代に人力による“呼び込み”ですか、はて。


とはいえ、ターゲットの写真を凝視しながら、声をかけることで、印象を深く刻み込むという、そんな手法が結局犯人逮捕にまでつながったのだから、感謝するほかない。
少なくともこれから数年は、機械の性能よりも百戦錬磨の経験に裏打ちされた人間の力が成果につながっていくのかもしれないな、なんてことを考えたり。
いやまあ、どうだっていいから示談金を早く振り込んでほしいところですけどね、ええ。


さて、今週末開催のトライアル、神戸新聞杯で本命に据えるのはキセキに決めた。
後ろ暗さに囲まれて生活する自分にとってキセキだとかキズナだとか、そうした名前の馬はどうも無意識的に嫌ってしまう向きがあるものの、信濃川特別はペース向いた面もあるがタイムは優秀。2走前はあっさり500万勝ちするスズカディープが支配する競馬をきっちりねじ伏せてますし、休養挟んでストレスからも解放。適度に前が流れそうなメンバーで瞬発力勝負になれば、と最上位で拾うこととしました。対抗はもちろん権利取りの神様ダンビュライト。あとはアダムバローズまで抑える馬券で週末の飲み会資金を確保する所存です。


まあ本番は菊花賞な訳ですし、ここでは無理にバットを長く持たずに、馬の走りを凝視しながら、声をかけることで、印象を深く刻み込むという、呼び込みの手法で乗り切りたいと思います。
終始後方待機している自分の本命馬を見ながら
「どこにいるんだ。」「捕まえてやるからな。」
などと悶々とつぶやかないようにしたいもんです。

言い訳(京成杯AH予想)

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自分の使っているテキストエディターは画面の左側に最近開いたファイルが表示される形式のもので、ここのところそこには[示談書_草案.txt]だとか、[示談書_草案+.txt]だとか、[示談書_確認用.txt]だとか、[公正証書化_確.txt]だとか、禍々しいファイル名がずらりと並んでいる。
空き巣被害に遭った際の犯人から示談の申し出があったからである。行政書士という一体何をやっているのかわからないが、なんだか賢そうな仕事に就いている友達に文章の中身が問題ないのかを都度確認してもらっているうちにそんなことになってしまった。
禍々しいファイル名が目に入るから、かどうかはわからないものの、テキストエディタを立ち上げても気持ちよく文章を書く気になかなかなれないし、うまくオチをつけられる気もしない。
その証拠にここまでの一連の話にもオチはない。
一応毎週更新を続けているブログの更新を怠った先週の言い訳がしたかったぐらいだ。


その言い訳のために404文字、原稿用紙1枚分を超す文字量を費やしてしまった。
とはいえ、言い訳なんてつらつらつらつらと長く無意味なことを連ねるのが常なわけで、そういう意味では正しい言い訳になっているともいえよう。


「あちゃー!和田じゃなくて大知が乗ってるから和田に捨てられた馬だと思って切っちゃったけど、これマイネルじゃねえか!なーんで俺はメリオラなんて買ってるんだよ!あちゃー!わざわざ3鞍だけ乗るために意味もなく大知が関西に乗りにくるわけねえじゃねえか!あちゃー失敗した!ここ狙いすましてだったんだよちくしょー!いやー!ちょこ…っと考えれば見抜けたのに!なー!ちくしょー!もう1レースあるからそれまでチャレンジさせてくれ!」
昨日の中山競馬場でもこんなおじさんを見かけた。煙草を吸い続けている間、奥様と思しき女性に5分間、語尾やニュアンスを変えながら、語りかけ続けていた。
たしかにその政治的な見立てはわかる。「俺も馬券外したときにそう思ったよ。なんなら本命馬も一緒だし、うん、わかる、わかるよ。最終レース頑張ろうな」と心の中で相槌を打った。


「ったく!なんだよ!八百長だったなこれ!な!丹内なんか買うんじゃなかったよ!丹内じゃ足んないんだよなー!丹内じゃ足んない!がはは!」
昨日の中山競馬場ではこんなおじさんも見かけた。最終レースを外して船橋法典駅へと向かう地下道で連れのおじいさんの肩を叩きたながら陽気に渾身のギャグを繰り返していた。
その言い訳は無茶がある。「まあ久々の競馬場、楽しけりゃよしなところもあるんだろうな」そう心の中で相槌を打った。


どちらも早口で、ものすごい文字量を瞬時のうちに口から飛ばし続けていた。口角泡を飛ばすとはまさしくこのこと。
つらつらつらつらと無意味なことを並べる正しい言い訳の姿がそこにはあった。馬券は負けてしまったものの楽しい気分をいただいた。
競馬場に居ると、場外馬券場で馬券を買っている時に比べて言い訳が多く聞こえてくるような気がしないだろうか。
環境音の大きさに負けないように声を張るからなのか、理由こそわからないものの、経験上間違いない。
そして、そんな言い訳に遭遇するのも自分にとっての競馬の楽しみになっていることも間違いない。

理路整然とした言い訳も支離滅裂な言い訳も、そのどちらもが不的中によって吐き出されるもので、負けたときに「負けた」の一言で済ませることができない、感情を揺さぶる何かが競馬にあることを再確認させてくれるのがその理由だろうか。
どんなに馬券が上手い人でも競馬は短期間の負けから逃れることはできないから、負けの気持ちを少しでも和らげることに慣れていて、そこで魅せる美しい受け身のような言葉遊びの芸術点を楽しんでいるからだろうか。
理由こそはっきりとはしないものの、言い訳を聞けるのは現地競馬のひとつの楽しみだ。
いやー言い訳っていいもんですね。
ってことで先週の更新を飛ばしたのも良いじゃないですか!
ここまで言い訳してるんですから!


さて、今週開催される京成杯オータムハンデはボンセルヴィーソから入る。
間隔あけて蓄積疲労から開放、古馬混合重賞初で鮮度もあって実績もある。枠も(逃げるor番手で進めてくれるなら)いい枠を拾った。昨日の馬場を考えても内目をロスなく進めるのがベストなのは明白で、予想されうる展開から馬場も向く。中山は1回走って3着と微妙な戦績ですが、2馬身出遅れてのものですし、本質的に中山は良いはずで。1400ベストなイメージでいますが、いまの中山の馬場はアスター賞でソイルトゥザソウルが2着できる馬場なんで、その分足りてくれるでしょう……
なんともどこから入っていいのか悩ましいメンバーの中でこの程度の人気ならここから穴目にワイドで流す方向で。

 

当たるかどうかはさておき、外した時の言い訳する準備はばっちりできてますんで。
現地競馬の楽しみをインターネットから微量ながら、僭越ながらお届けさせていただきますんで(明日も更新するつもりです