変化を受け入れると生きやすくなるって話(高松宮記念予想)

f:id:BxKxN:20190323184732j:image
「いやーお前も人間になったね」

学生時代を知る古くからの友人(肝胆相照らす仲とでも言いましょうか)に会うと、よくかけられる言葉の一つだ。

たしかに路上で寝ることはなくなったし、髪もアフロヘアでなくなったし、四六時中血管をアルコールが流れているような生活でもなくなった。特別強く「変わらねば」と思ったわけでもないのだが、好感を持ってそんな言葉をかけられることが多い。自発的に望んだ変化ではないので、原因は外圧によるものだと思われるが、周りの人が喜んでくれることは嬉しくないわけではない。まあ、いつだって人は変わり続けていくものなのだろう。


かつて久しぶりに会った学生時代の交際相手もそうだった。長かった髪の毛はバッサリと切られてベリーショートになっていたし、喫茶店でいつまでも注文を迷うこともなくなっていた。アメリカの新興企業でエンジニアをしているという彼女は、かつての面影を見つけることの方が難しいくらい、変わっていた。昔よりも魅力的になっていた。

食事に誘われたときは「なんで今さらお前みたいな人と」と思っていたが、お前みたいな、と思っていたところがこれっぽっちもなくなっていた。そう、いつだって人は変わり続けていくものなのだろう。


いつもいつだってそんな風にはいかないけど、「あいつはこういう奴だから」と決めてかかったり、「あいつはこういう奴なのに」と憤ったり、思い込みに囚われて自家中毒に陥ることを少しでも減らして、自分にも、他人にも、変化を認めて、しなやかに生きていけたら、このディストピアのような世界も少しは生きやすくなるのかもしれない。

って!なんだ!自己啓発本みたいな話の流れになってしまった!


しかし、考えてみれば競馬も思い込みに囚われて痛い目を見ることは少なくない。ロジクライのことも元々はマイルの覇者になる馬だと思って応援し続けていた。それだけに、前走の阪急杯は「ケッ!短距離馬じゃねえっつうの!ラブリーデイになる馬だから!」と考えて嫌ってしまったものの、タイトなラップを走り抜けて結果は3着。この馬も変化を迎える時期なのかもしれない。高松宮記念では、私としてもロジクライの変化を認め、受け入れ、レースを見届けようと思う。

結果如何では、この考えもまた変わっていくのかもしれないけどな!!!変化を受け入れることは大事ですからね!!!