『負けた馬がみんな貰う』を読んだ

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ハズレになる単勝式馬券を10日間購入し続けることで2,048,000円の報酬をもらえる。多額の借金にあくせくする青年・瀬川優にそんな話が舞い込んできた。

法月綸太郎『負けた馬がみんな貰う』は、男がなぜそれほどの報酬を得ることができるのか、そしてどのようにして馬券で負け続けるかのさまを描いた博奕小説だ。


新卒で就職した会社がブラック企業で、退職時のゴタゴタから返済延期の手続きを怠ったせいで、奨学金200万円の支払一括請求を受けた優は、相談に行った先の司法書士事務所で、ある推薦を受ける。その推薦とは「ハズレ馬券を買い続ける」という、不可思議なギャンブル依存症の更生プログラムだった。

瀬川優はギャンブルをする人間でない。ではなぜ、ギャンブル依存症のモニターとして、彼が推薦をされることになったのか。担当するカウンセラーの男が言うには「ギャンブル行動に関する社会心理学に関する実験」だと言い、「負け続けることによって、ギャンブルの性格を変えるんですよ。被験者の意識に反して勝ってしまった場合、それまでの連敗記録がストップし、報奨金の額もリセットされる。これを繰り返すことによって、負け続けることに快感を覚え、勝ってしまった場合に苦痛を感じるように仕向けるわけです。人為的に脳内の報酬系の反応を撹乱し、認知的不協和の状態をつくりだすのです。前例のない実験なので、効果を確認するために比較対象となる被験者を用意しなければいけない。ギャンブル依存症でない人に同じ実験に参加してもらって、有意差が出なければ実効性が担保できません。」と続けた。そのために負け続けることが求められる。藁にもすがる思いの瀬川はこの不可思議なプログラムに参加すべく。いざ東京競馬場に赴き、負ける馬を一生懸命考えて馬券を購入し続けるのだったが……。


競馬に関する固有名詞をふんだんに使った描写でリアリティを立ち上げながらも、説明過多にもならず、かといって不足もない筆致で思わず物語に没入させられてしまうのは、法月綸太郎のさすがの筆力によるものか、私自身が競馬ファンだからか。受け手の性格はさておき、少なくとも私は夢中で読み通し、ラストは昇天。思わずサムズアップした。かつ、これは誰にでも薦められる、特に競馬ファンには積極的に薦めたい一作だと強く思った。

終盤、途端にねじれながら高くなっていく視座は(どこか『賭博黙示録カイジ』を思い起こさせる、と書いたら卑近な例に頼りすぎかもしれないが、)小説でしか描きえない快楽が確実にある。『世にも奇妙な物語』シリーズが好きな人も間違いなく気持ちよくなる読後感。心から気楽に読める短編博奕小説として非の打ち所がない。よい。