競馬なんてやめてやる!

レーシングポストの名物男ポール・ハイが書いたように、我々は極端なペシミズムに陥りがちだ。そして、レースが終わって何年も経ってからあの年のメンバーは強かったと言い出すのである。わたしたちに分かるのは、レースが終わって、勝って、引き上げてくる馬が偉大な馬であるということだけだ。そしてその偉大な馬はサートゥルナーリアだ。


と、レース前に書いていたものの本当にサートゥルナーリアが勝ってしまうとは。こうなってしまうと続く文章が書きづらい。が、書き続けてみよう。

サートゥルナーリアからの馬券は的中した。しかし、欲をかいて買い散らかしたこともあって払い戻しは購入した金額とほぼトントン。午前のレースを外していたわけで、今年最後の中央競馬は不調。WINS後楽園で宙ぶらりんのまま手も足も出ない。キャリーオーバーしていたWIN5でさえ、人気決着が続き、払戻は3万円弱。そもそもWIN5を購入していない私が嘆くのはお門違いであるが、キャリーオーバーして3万円ですか…夢のない世界である。


というわけで、やめ!もういっそのこと!やめ!やめ!競馬なんてやめてやる!


2018年の12月、私はすこぶる調子がよかった。はじめに8万円勝ち、その翌週は2万円の損、そのさらに翌週は再び7万円の勝利、そして迎えたのが今日のレースだった。

当たりが続くときには「こんなに簡単に金が儲かるなんて、ちょっと仕事を遅らせてみようかしら」なんて調子に乗ってしまうこともある。

天狗になってしまうのだ。そんな心持ちが数日は続く。

だが、年がら年中そんな調子が続くことがあるものでしょうか。私は本日しっかり出っ鼻をくじかれてしまった。

そもそも馬の徒競走なんてものに汗と涙を垂らして手にしたお金を投じるってことがそもそも変なのだ。とは大げさだろうか。

今日の勝負を終え、帰路につこうとエスカレーターを降りるとき、鏡に自分の姿が映った。鏡を見つめることはなく、ちらっと横目で見た程度だが、そこには勝負に敗れた男の姿があった。

そもそもこんな所に集まるなんて、勝負にすり減らされていく旅路そのものなのだ。ただわずかな猶予、真っ暗な闇から逃れる、その刹那を追い求めるのみなのだ。

価値ある物語も、幸福なラストの種類はわずか数種に限られるが、不幸なラストには5万通りの選択肢があると聞く。人々を幸せにするにはハッピーエンドのみが供給されれば良さそうだが、そうならんのは、不幸なラスト5万通りの中に、より心を打つドラマが潜むからこそだ。

やめるやめるとここまで記してきたものの、明日は地方の年末を飾る重賞。今日の敗も明日に続く。年末中央の苦かった結末から新たなドラマを紡ごうと思う。


と、以上、つたなく記したのは競馬をやめてみた文章、約600字前から「ケ」「イ」「バ」をやめた文章でした。

上にも書いたとおり実際には競馬をやめることなんてありません。さあ、明日は東京大賞典

2018年最後の重賞もしっかり楽しませていただく所存です。

いやはやここまでケイバ(という文字を使うこと)をやめただけに、明日は1日を通して的場の単勝を狙うのもしれない。

「的場行け!」「ッバ、イケ!」「バイケ!」

ここまで禁じたケイバの三文字を逆さまに叫んで的中を祈る。そんな適当な打ち方もまた楽しいのが競馬だ。


*競馬をやめる→ 「ケ」「イ」「バ」 の文字をやめるという、柳瀬氏のアイデアをそのまま引用した文章でした。まあ柳瀬氏のアイデアといいますか筒井康隆御大がやっていた手口ですね。そういうわけでご容赦ください。オチまで剽窃したのはやり過ぎかもしれませんが……