丸のFAを通して考えたカープファンの戯言

f:id:BxKxN:20181221123614j:image

試合に負けていると「まあカープなんてこんなもんじゃけえね」と7回が終わる頃には球場がガラガラ。欲をかかずにやり過ごすことが何よりも楽だということを無意識的に理解し、敗北の歴史にどっぷり浸かって負け癖が骨の髄まで染み付いていたチーム・ファンに勝利の味、ならびに勝者ゆえの風当たりの強さを教えてくれた代表的な選手の1人がカープを去っていく。しかも、弱小時代散々辛酸を舐めさせられ続けた球団へ。

「巨人かよ!」

報道を知って最初に口をついて出たのはそんな風な言葉だったと思う。


とはいえ、報道されていた契約内容を考えると、致し方ない……という思いもあった。

お金で選手を引き留めないこと、いい選手を育てて他球団に売ることは、市民球団という出自を持つ広島東洋カープの伝統であり、美談として語られることも多い。そうした歴史を否定するつもりはないが、チームが最盛期を迎え、財政も大幅な黒字になっているいまもなお、これまでの態勢を変えないということは、せっかくチームが強くなっているにも関わらず、選手がプレーする場所への帰属意識をどんどんとインスタントなものに変えてしまっているのではないだろうか。

もはやプレーする選手もそれを応援する私たちファンも、お互いの幸福な関係は一時のものであるという刹那的な感情が支配し始めているように思う。選手が球団を去ろうとも球団への愛は不変であり続けることに、選手としての、ファンとしてのアイデンティティを求め始めているのではないか。そんな一種のナショナリズムにも通じてしまうようで気味が悪い。

俺は丸の選択を尊重したいしこれからも健やかな気持ちで応援したいのだ。というわけで、そのための文章を書く。


と加熱式タバコをふかしながら考えを巡らせていると、かつてアーセナルに所属していたアンリのことを思い起こした。10数年前のチャンピオンズリーグの決勝バルセロナ戦で気を吐いた彼は移籍の噂が常に絶えない選手だった。その年も当のバルセロナが獲得に動き出していたように思う。結局アーセナルに残留することになったのだが、その決定をかのクライフは「間違いを犯した」と断言。「世界一のプレーヤーになるチャンスを逸した」と非難したのだ。しかし、どうだろうか、彼は所属するチームなど関係なしに圧倒的な個の力で、数々の個人タイトルを獲得。世界一のプレーヤーとして名を挙げられることも少なくない選手の1人になった。移民用の団地が立ち並ぶバンリューで生まれ、サッカー移民としてロンドンにやってきたアンリはアーセナルのエースとしても、フランス代表のエースとしても、重要な選手となったという事実のみがそこにはあるのだ。

個として生き抜いてきた事実が何よりも尊重される世界で、チームを問わず活躍した事実が彼の選手としての大きな魅力になっている。

重ね重ね、丸がカープを去ってしまうことは悲しいことだが、野球選手個人としてこれからも生き抜くことで、その偉大さを痛感させてもらいたい。

これからも丸のレプリカユニフォームは大事に保管し続け、何十年か経って「丸は昔カープにおっての、ワシは昔から応援しとったんじゃけえ。ほれ見てみいや。」などと、広島の球場ではた迷惑なおじさんをやらせてもらいたいものだ。


なお、先に挙げたチャンピオンズリーグ勝戦で1-2の状況で投入されるやいなや、ポストプレーで2アシストと大活躍し、バルセロナを戴冠に導いたラーションはその時点で既にバルセロナを去ることが決まっていた。

丸も前々からFA権の行使を心に決めていたという。

球団を去ることを心に決めていながら奮闘してくれたのは、ただならぬ丸佳浩だったことは紛れも無い事実。

万年Bクラスだった球団が強大な財力兵力を持つチームに対抗するための実力、そして何より精神性をもたらしてくれたのだ。そんな男にただただ感謝を伝えたい。以上。(あ、もちろん来年以降FA権を順々にとっていく主力選手の皆様には残留してもらえると嬉しいんですけどね)