読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

司会者のミス(弥生賞予想)

馬券

f:id:BxKxN:20170305094543j:image

第89回アカデミー賞が発表された。
『アーティスト』が作品賞を受賞して以降、賞のセレクトが若干渋めに寄って、日本で公開されても売れない作品が多いなか、そのポップなルックから業界に携わる方々が動向を大変気にしていた目玉の作品が『ラ・ラ・ランド』。
いったいいくつの賞を獲得するか期待されるなか、最多6部門で受賞を果たした。
そして問題は最も注目を集める大トリ、作品賞の発表。
そこで一悶着があった。
既に多くのワイドショーで報道されているとおり、司会者が受賞作を読み間違えるという大失態を犯したのだ。
(既に多くの方がご存知のことではあるものの将来見返した時、あーそんなこともあったなーと懐かしめるように一連の流れを記しておくと……)
プレゼンターのフェイ・ダナウェイが作品賞として、はじめに読み上げたのは『ラ・ラ・ランド』だった。ところが、同作のプロデューサーが受賞スピーチをしている最中に、なんと主催者側から「読み間違えだった」という訂正が入ったのだ。
結局、本当の作品賞は対抗馬として評価の高かった『ムーンライト』。この大どんでん返しで『ラ・ラ・ランド』関係者は天国から地獄という展開だったろうが、受賞スピーチをしていたプロデューサーは
「僕たちからムーンライトの皆さんに渡したい」
と大人の対応で舞台を引き継いだ。


「ヤクルトです!真中監督が引きました。神宮の星は神宮のプロ野球チームへ!」
こう高らかに叫ばれたのは2015年のプロ野球ドラフト会議で、真中監督が拳を天高く突き上げ、注目を集めていた高山の獲得を決めたかに思われた、その瞬間。
しかし本当に交渉権を獲得していたのは阪神だった。真中監督がハズレくじを当たりくじと勘違いしていたというわけだ。
オヤジジャーナルはこぞって、今回のアカデミー賞の一件を、この真中監督事件とダブらせて報道。面白おかしく囃し立てていた。
しかし、今回の件はどちらかというと、一昨年のミス・ユニヴァースに近い印象を受ける。


トランスジェンダーモデルの活躍もさることながら、女性服のショーに男性モデルが紛れ込んでいたり、男性服のショーで女性モデルがさりげなく歩いていたり。そうした演出が際立っていた2015年のモード界。
そうしたジェンダーレスの機運が高まっていた中、前時代的な女性観とは全く違った、強く気高く美しい女性が現れた。
それがミス・コロンビアのアリアドナ・グティエレスだ。
一連の流れはこう。
12月20日にラスベガスで行われたミス・ユニヴァース優勝者発表の瞬間。司会者は優勝者をコロンビア代表のアリアドナと発表した。
栄誉ある「MISS UNIVERSE」のタスキをかけられ、戴冠するミス・コロンビア。満面の笑顔で観客に手を振り、投げキッスをして、全身で喜びを、そして誇りを表現していた。
しかし、それから1分も経たぬ間に司会者が申し訳なさそうな顔をして出てくるのだ。
「謝らなくてはなりません。第2位がコロンビア代表です。ミス・ユニヴァース2015は、フィリピン代表です」。
これは前代未聞。なにが起きたかわからないのは、ミス・コロンビアもミス・フィリピンも同じ。隣にいたミス・アメリカに促されるようにして、フィリピン代表のピア・アロンソ・ウォルツバックが壇上へと出てくる。
天国ら地獄へ突き落とされた直後にもかかわらず、必死に平静を装うアリアドナの頭から、無慈悲にも王冠は外され、そのままピアの頭上に輝いたのだ。
勿論この一部始終はテレビで世界に中継されていた。
アリアドナの心中は計り知れない。本来ならば味わう必要のなかった羞恥や当惑、これ以上はないと思われる感情の急降下を経験したことだろう。
ところが、アリアドナは涙をふきながら、笑顔を保って、こう言い切った。
「起きることにはすべて理由があると思う。そして私は満足しています。みなさんありがとうございます。私に投票してくださったすべての人にも感謝を表します。」


『ラ・ラ・ランド』とミス・コロンビアの間に共通するのは最悪の状況で、気丈かつ誠意あふれる対応をとったこと。
何が言いたいかというと、唐突に訪れる窮地や危機的状況において、明らかになるのが本質であり、その本質こそが重要だということ。
『ラ・ラ・ランド』は結果的に注目を高めて興行を成功させ、ミス・コロンビアもその後キャリアを躍進させた。
どちらも公式な賞こそ逃したものの、その本質の表出によって、それぞれの賞の隠れた「勝者」になったという面もあるわけだ。


もうひとつ別の話を。
「本の味わい方を学ぶのはワインについて学んで目利きになるのと似ている。
それまで持っていた薄っぺらな知識や経験に疑問を抱く。すると本物の文学とか、オークの木の重厚さとか、深い味わい方を求め始めるんだ。単なるワクワク感じゃなくて、深い味わい方を。」
こう言ったのは、強盗の罪で刑務所に収監されていた男だった。なんとも俳句のような凝縮された文学的な口ぶりにはグッとくるほかないが、それも当たり前のことかもしれない。
受刑者たちは他の人よりも、ずっと本から多くのことを学びとっている。時間とエネルギーがあるぶん、本に集中できる。出所後の生活を鑑みて、学ぶ必要に迫られてもいるから、それも必然だというわけだ。
英語で書かれた最初期の書簡体小説は、1640年代にロンドンのフリート刑務所で、ジェームズ・ハウエルという受刑者が書いたものだった。
受刑者の文学性は歴史が証明している。


手数が多すぎる感はあるものの、窮地での対応や行動にこそ人間の本質が表れるし、そこで表出した本質によって、その後の飛躍が決定される面もある、そういうことが書きたかった。


皐月賞という舞台に立つうえで窮地に立たされている馬が弥生賞にも数頭いる。
テーオーフォルテ、サトノマックス、キャッスルクラウン、スマートエレメンツ。他にも確定していない馬はいるが、いわば当落線上のような状況で。本当に窮地に立たされたのは以上4頭だろう。
その中で本命に推すのはサトノマックス。
弥生賞の舞台で前走条件戦1着馬、しかもここに至るまで1戦しか経験していない馬を馬券の軸にするのは気が引けてしょうがない。
ただ、サトノマックスは堀厩舎の中で「遅れてきた大物」と評されたこともある馬。
前走もレッドアーサーが遊んでいた分を差し引いてもラスト200mからの加速はさすがで、ゴール板を駆け抜けてからも勢いはなかなか衰えず。
タイムこそ平凡だが、まああのスローペースじゃね。ディープ産駒の初重賞鮮度にも期待しております。
古馬戦こそ絶好調の堀厩舎だが、3歳クラシック戦線では窮地に立たされたも同然の状態。
馬としてもここで権利を取らなければ絶望的、同じく窮地に立たされた状態。
うえに例をあげたとおり、窮地での対応や行動にこそ人間の本質が表れる。そこで表出した本質によって、その後の飛躍が決定される面もある、そういうことですな、うん。